一冊の中に、ここまでライティングに関するスキルや知識をまとめ、システム化(つまり誰でも文章が書けるようになる手法や仕組み)した文章術の本があっただろうか。
『才能に頼らない文章術』を読めば、文章を書くスキルだけでなく、文章全体の構造を理解し、添削まで可能となる。作成した文章を添削するチェックシートを使えば、確実に書く力を伸ばせる。また、面倒になり学習をさぼりがちな文法や理論的思考も、最低限必要な知識のみまとめてある。勉強が苦手な人でも学びやすい。
本書は、ライティングに必要な公式を集めた教科書のようでもある。
著者:上野 郁江
株式会社エディットブレイン代表取締役
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了
翔泳社で編集者としてビジネス書を担当後、独立
なぜ、本書でライティングに必要なスキル全般が身に付くといえるのか。理由は二つある。
理由➀
ライターとしてではなく「編集者」としての視点から書かれた文章術である
なぜ編集者の視点がライティングに役立つのか。
一番の理由は、徹底的に読む人の目線に立つことが出来ることだ。
本書では、編集者の思考プロセスの中で重要なものを二つ挙げている。
「常に読者の視点をもって文章を執筆、編集すること」それにより「文章の目的」考えられるようになることだという。
文章の目的とは、文章を「誰に」「何の目的で」「何を伝える」この3つである。
目的を間違えると、誰も得をしない、読まれない文章になってしまう。
そして、正しい目的を設定する上で重要であり、常に意識すべきことが、読者の視点に立つことであると本書は述べている。
なぜ、編集者は読者の視点を持つことができるのか。編集者は、あらゆるジャンルの、あらゆる読者に向けた、様々なライターが書いた文章に携わる。それらが分かりやすく、読まれる文章かどうかを添削し、修正し、世に発信していく。
その経験が、徹底的に読者目線でいられる思考プロセスを作り出している。
理由②
エンジニアリングを学んだ著者の経歴
著者は、編集者として経験を積みつつ、システムエンジニアリングという、ライティングとは異なる分野を学んだ。そこで得た知識を用いることで、今まで「感性」や「才能」、「経験値」といった、ふわっとした形で捉えられてきた編集者のスキルをシステム化し、文章術としてまとめることができた。
つまり、編集者のスキルを文章術として、人に伝えられる形に落とし込んだのである。
実は編集者のスキルは、今まで現場で身に付くものとされてきた。
例えば、原稿を添削する際の確認事項や手順は、教えてもらうというより、先輩をマネ、失敗を重ね、経験を積むことで、感覚として培っていくものだった。優秀な編集者でも、そのノウハウを言葉で説明したり、マニュアルとして後輩に指導できないことが多かったのである。
ライティングには、文法や知識もある程度必要だと著者は述べる。しかし、必要最低限の知識にまとめてあるので、無理なく習得できるようになっている。自分で調べるよりはずっと効率が良いだろう。
ひとつ、例を挙げてみよう。
文章には、論理性と感性の両方が必要だという。
しかし、深い知識や高い能力は求めていない。企業の求める厳格な論理性と、芸術家に必要な感性を相反するものだとすると、その間ぐらいで足りるという。これを「ゆるロジ」「文章ロジック」等と筆者は呼んでいる。
そもそも論理ってなに?ロジックシンキングとは?
そうした少し難しい内容も、それぞれ一文程度でまとめてあるので安心してほしい。
本書は、単にライティングスキルをまとめた本ではない。
社会の一員として責任を持ち、仕事として文章を書くということにも触れている。
ネットで誰でも情報が発信でき、世界と一瞬で繋がれる現代。
しかし、一人ネットで作業をしていると、その認識が薄れがちになる。
副業として自宅で仕事をするライターを例にあげる。日々、クライアントや読者と顔を合わせずに文章を作成し、納品する。すると、自身の原稿が投稿されるネットの向こうには、自分と同じように生活をする人がいることを忘れがちにならないだろうか。
本書では、こうした書き手の意識ことを「メディアマインド」と名付け、「情報を発信するメディアとして持つべき心の在り方」として掘り下げている。
例のひとつに「WELQ」…DeNAの医療メディアが起こした一連の騒動を挙げている。
これは、「肩こりの原因が幽霊かもしれない」といった、根拠が不明確な記事が多々掲載されていた問題だ。
メディア側の正しい情報発信や責任とは何か、それが問われた騒動である。
また、「正しさ」の境界線があいまいで難しいという前提を持ったうえで、本書では、正しさの定義を4つ挙げている。
そのひとつ、「Sincerity」は、「誠実さ、正直、嘘偽りがないこと」を指す。
文章を書く上で当然の認識だと言う人もいるだろう。
しかし、考えてみてほしい。PV数を獲得するために、過剰に盛った情報や、煽るコピー作成してはいないだろうか。根拠を明確にせず、誰かを中傷する記事を引用してはいないだろうか。
それは、誠実さ、偽りが無いと本当に言えるだろうか。
こうしたメディアマインドを意識し、学ぶことは、社会に正しい情報を発信するだけでなく、炎上やクレームなど、トラブルから書き手自身を守ることにも繋がるだろう。
本書では、編集スキルをシステム化した文章術を、「編集執筆力」と名付けている。内容に触れてみよう。
編集執筆力は4つのスキルで構成されている。
- 文章基礎力 基本の文法、ルール等、文章の基礎スキル ▷読みやすさと直結
- 編集執筆力・文章表現力 読み手に意図を伝える力、表現力共感を得る力
- 文章構成力 文章全体を理解できる力 ▷例:タイトル、見出し、構成全てが繋がっており矛盾が無い文章が書ける。
- メディアマインド 情報発信をする側として持つべき心の在り方
最初の3つはライティングに必要な文法である。編集者の視点やノウハウ、執筆に最低限必要な文法などだ。
言葉で説明しにくい部分は、数学の公式のように、表や図を使ってまとめている。
残り1つ「メディアマインド」は、ライターとしての心の在り方だ。情報を発信する側にとって欠けてはならないものを教えてくれる。
文章はセンスや才能、想像力で書くものだ。と考える人は、この文章術でその考えが覆されるかもしれない。
この文章術は、著者の経験や知識のみで作られていない。
必要があれば、様々な分野のノウハウを活用し、文章術として落とし込んでいる。
例えば、読者の共感を得られる文章を書くために、「共感マップ」と「カスタマージャーニー」という二つの考え方の枠組みを活用している。本来は、新規事業を始める企業や、「サービスデザイン」という、ライティングとは異なる分野で使われる分析ツールだ。
これらを活用すれば、読者が興味、関心を持つ事柄を、感覚ではなく理論的に把握できる。
前者の「共感マップ」は、キャッチコピーの作成に効果的だ。
後者の「カスタマージャーニー」は、ライターと読者が全く違う場合(例えば、年齢や性別、趣味が異なるなど)、つまり自分の経験がライティングに応用できない場合に効果的だ。
やり方としては、読者の一連の行動を表にまとめ、それに伴う感情の起伏を+と-で表す。その中で、読者のネガティブな感情をピックアップする。あとは、それに合った解決方法などを内容に盛り込むことで、読者の心にささる文章を作るのだ。
ライティングの教科書のような「才能に頼らない文章術」。論理やら文法やら難しい内容も多少あるが、最低限の知識量にまとめてあるため読みやすい。
文法を基礎から学べていないという人や、論理的思考のような堅い内容が苦手という人も、自分で学ぶより短い時間で知識を得ることができ、実力が伸びる内容となっている。
人に読ませる文章を書く人、ライティングで稼ぎたいと考える人には役に立つ文章術といえるだろう。是非読んでみてほしい。